ひでリウム・瑠璃色のサンクチュアリ

あらゆる自分を整える、魂の請願を叶える、体の声を聴く、自分の人生を創造する。

死者の見送り方。

久々の投稿、そして内容は重くヘビィいいいいい(かな?)

自分の日常は、だれかの非日常〜

 


表の仕事では、人間終わって旅立つ人を見送り、また次の人達が来て、の場所。
数日前に夜勤してて、胆汁大量に吐いた人がいた。
そして昨日空へ旅立った。


この患者さんは入院して2年ほどが経ってたんだけど、
旦那さんが来たのは入院始めの1回だけ。あとはたまに息子さんが来てた。
危篤状態になって旦那さんが2回目の来院。


担当ドクターに病状説明を受けてたんだけど、
「自分は血圧も高くて…痛風もあって…」って返事をして同じ話を繰り返し。

 


なんで自分の話してるのかな?


こんなに具合悪い自分だから、家族が亡くなることに耐えられない?
こんなに具合悪い自分だから、見舞いに来れなかったの仕方なかった?
こんなに具合悪い自分だから、っていうのを分かって欲しい?


今、あなたの診察の時間じゃないよ?


もう危篤状態だけど耳は聞こえてるから、声をかけたり体をさすったりしてあげてください、ってドクターが言ったあとの家族の返事が自分の健康のこと。


これ割とよく見かけます。
会話が噛み合ってない。


そういう、噛み合わない会話を側に立って聞いてるワタクシ。
あとで独り淡々と電子カルテに会話を入力しながら、色々言葉になる前のカオスな想いがぼんやり脳内をめぐる。


言い訳しない人なんていない。
自分のことしか考えない人もいる。
言い訳が悪いとか、自分の話をするのがダメとかじゃなくて、


適切なときにそれ言おう、ってこと。うん。


人が死んでしまうその瞬間くらいは、
死んでいくその人のことに全力で向き合ってあげようよ。

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そしてそれは、自分自身の死の時も同じく言えて。


自分自身の死って、物理的にじゃなくて覚醒とか変容で今までの自分が「死」ぬ時ね。


覚醒とか変容とか見聞きするととんでもなく非日常ですごいおおごと、って思う人が多いみたいだけど、自分じゃ気付かないレベルの覚醒や変容っていくらでもあるから!(笑)


後になって、変化に気がつくんだよね。私が提供しているワークもそういうのある。
もっと砕けた表現をすると、「気づき」だね。


ハッと気づいて心から「解る」と、もう1秒前の自分ではない。


気づきも、瞑想してる時に起きたりもするけど、大抵は日常生活の何でもないときにやってくる。

 


冷蔵庫開けて牛乳取り出すときに「!!!!」とか(笑)
入浴の時に「!!!!」とか。


あと、メモするの絶対オススメ。
せっかくすごい気づきがあったのに、忘れて泣ける。

 

とまぁまたまとまりつかないんだけど、
死にゆく人や自分を見送るときは、

 


そこに全力で集中しよう。
それは、大切な時。
二度と戻ってはこない一瞬。

 


ではまたねー。
よい満月の日を。

 

 今年もウエサク祭お見送りだわ(泣ける)

 

 

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(今のところブログとほぼ同じ内容、時に読者限定のなにかがあるw)